"読書"とはなんだろうか。
きょうび様々なものの"多様化"の風潮がさらに高まりつつあるように感じる。また一方で改めて必要な形式を見直し規定を作らねばならぬとする段階にもあるように思うし、一部議論となっているものも視界にはいる。
140字小説、一行の文章でも小説と称される場合もある。私はその様な形を認識し受け入れたつつりになりながらも"読書"に含めないことが多かったが、当ブログでは様々なものの感想を認めたい。一時期"本"という存在の行く末に不安を感じていた部分もあるが、それぞれ電子も書籍も合う形で選択肢の一つとなっただけであることに非常に安心している。
感覚的なものの言語化それをどうしてそうヨシと感じたのか、たくさんの自分で拾いこぼしてきた部分を拾うことができると良いなと思う。
予感ではきっと整った形式を取れるかどうかはできなさそうだ、いまもあまりに自分の文章の書き方の癖に一貫性がなくて落ち着かない。しかしま、しているうちに少しずつ取り戻していきたいものがたくさんあるなと改めて思う。